光学活性と旋光計の原理・光学純度

キラルな分子を実験室で有機合成したとき、各エナンチオマーがどれだけの割合で含まれているのかを調べる必要があります。そのときに使用されるのが旋光度計と呼ばれる測定器です。

今回は、キラルな分子の光学活性や旋光計の原理について解説していきます。

光学活性

例えばブタンを臭素化します。ブタンと臭素の混合物に紫外線を当てれば、ラジカル連鎖反応によって主に第二級炭素の水素が臭素に置換されます。生成した2-ブロモブタンの構造式を見ると、キラルな分子、すなわち鏡像異性体であることがわかります。

ブタンのブロモ化

このとき、2-ブロモブタンの各鏡像異性体がどれだけの割合で生成したのでしょうか。

それを確かめる方法として、平面偏光と呼ばれる特殊な光を一方のエナンチオマーに当てると、光が通過する際に偏光面が左右のどちらかに回転する性質を利用します。他方のエナンチオマーにも同じく平面偏光を当てると、今度は先と反対方向に偏光面は回転するのです。

偏光面を右回転させるエナンチオマーには右旋光性があり、(+)-エナンチオマーで区別します。そして、偏光面を左回転させるエナンチオマーには左旋光性があり、(-)-エナンチオマーで区別するのです。

これを仕組み化した機械が旋光計と呼ばれるものです。

このように、偏光面を回転させる性質のことを光学活性と呼び、このことから鏡像異性体は光学異性体とも呼ばれています。

旋光計

旋光計には下の図のように偏光子と呼ばれるフィルターと試料を入れることのできるセル、検光子と呼ばれるもう1つのフィルターがセットされています。

旋光計の原理

まずは2-ブロモブタンを試料セルに加えて旋光計にセットします。測定を開始するとまず発生した光が偏光子を通過します。波動性をもつ光は通常、進行方向と垂直な面に沿ってあらゆる方向に振動しています。

この光が偏光子を通過すると、あらゆる方向に振動していた光のうち偏光子のフィルターに沿った面に振動する光のみが透過して、それ以外の光は全て透過することができません。このようにして出来た、1つの面方向にのみ振動する光を平面偏光と呼びます。

偏向子を透過してできた平面偏光は、次にエナンチオマーの分子内を通過します。すると平面偏光の電場とキラル分子内の電子が相互作用を引き起こして旋光と呼ばれる偏光面の回転を起こします。このときエナンチオマーのうち一方が偏光面を右回転させて、他方が偏光面を左回転させます。

最後に回転した偏光面の角度αを測定します。この測定された角度αのことを実測旋光度と呼びます。実測旋光度は回転した平面偏光が検光子フィルターを透過できるよう(または全く透過できないよう)に検光子を回転させることで角度を測ります。

比旋光度

注意しておきたいのは、例えば(+)-2-ブロモブタンの実測旋光度がいついかなる時でも同じ値を示すわけではないということです。実測旋光度はセルに入れた時のキラル分子濃度や溶媒、試料セルの長さ、照射する光の波長、溶液の温度に依存するため補正が必要です。

こうした混乱を避けるためにも比旋光度[α]と呼ばれるものが定義されています。

$$[α]_λ^t=\frac{α}{l\cdot c}$$

ここで、tは温度(℃)、λは入射光の波長(nm)、αは実測旋光度(°)、lは試料セルの長さ(dm)、cは溶液の濃度(g/mL)です。旋光計には、D線と呼ばれる589nmの光を発光するナトリウム蒸気灯が使用されることが多く、その場合[α]の下付き文字λの部分はDと表記されます。

ラセミ体(ラセミ混合物)

エナンチオマーは互いに逆向きの方向に同じ大きさだけ平面偏光の偏光面を回転させるため、試料内に(+)と(-)のエナンチオマーが1:1の割合で入っていれば旋光度は0になります。このようなエナンチオマーの1:1の混合物のことをラセミ体またはラセミ混合物と呼びます。

光学純度(エナンチオマー過剰率)

キラル分子の光学活性はエナンチオマーの濃度比に比例することがわかっています。例えば(+)-エナンチオマーと(-)-エナンチオマーの濃度比をx:yとおくと、比旋光度は以下の式で得ることができます。

$$比旋光度[α]=[α_{\;+}]\cdot x+[α_{\;-}]\cdot y$$

ここで、[α+]は(+)-エナンチオマーのの比旋光度、[α]は(-)-エナンチオマーの比旋光度を表しています。この性質を利用すれば、比旋光度を測ることで混合物中のエナンチオマーの比率を計算することができます。

ここでエナンチオマーの過剰率ee光学純度ともいう)を定義します。

エナンチオマー過剰率(%)=主エナンチオマーの割合(%)ー副エナンチオマーの割合(%)

この値は、旋光計による測定結果から計算することができます。

$$光学純度(%)=\frac{[α]_{混合物}}{[α]_{純粋なエナンチオマー}}\times 100$$

具体例を挙げます。2-ブロモブタンを生成して比旋光度を測ったところ+11.55でした。このときの(+)と(-)のエナンチオマーの比率はいくつになるでしょうか。ただし、純粋な(+)-2-ブロモブタンの比旋光度は+23.1とします。

すると解き方はこんな感じになります。

$$光学純度(%)=\frac{[α]_{生成物}}{[α]_{純粋(+)2-ブロモブタン}}\times 100$$

の式に各値を代入して、

$$光学純度(%)=\frac{+11.55}{+23.1}\times 100$$
$$光学純度(%)=50$$

になります。つまり、(+)-2-ブロモブタンの割合(%)と(-)-2-ブロモブタンの割合(%)の差が50%であることを意味しているので、

(+)-2-ブロモブタンの割合=75%

(-)-2-ブロモブタンの割合=25%

になります。75%-25%=50%ということで、先に計算した光学純度の値と一致しています。