SN2反応とアルキル基の立体障害

SN2反応において、基質のアルキル基は反応速度にどのような影響を与えるのでしょうか。今回は、アルキル基による反応の立体障害について解説していきます。

ハロアルカンの級数が上がると立体障害も大きくなる

基質の炭素に結合している水素をアルキル基に置換すると、SN2反応の速度はどのように変化するのでしょうか。クロロメタンCH3Clと水酸化物イオンOHによるSN2反応を例に考えてみましょう。クロロメタンの炭素に結合している水素を1つずつメチル基に置換したときの反応を比較します。

第N級ハロアルカンのSN2反応

 

基質がクロロメタンの場合、炭素に結合している原子は塩素Cl以外に水素が3つです。水酸化物イオンがクロロメタンに近づくと、基質炭素は合計5つの原子団に囲まれた状態となって込み合います。ただし、水素原子は比較的小さいために、求核剤と基質の間に反応の障害となるような反発は起こりません。

つぎに、クロロメタンの水素を1つメチル基に置換したクロロエタンです。これは第1級ハロゲン化物です。この場合、水酸化物イオンとクロロエタンのメチル基とのあいだで立体的な反発が生じるため、遷移状態のエネルギーが高くなります。そのため、反応速度はクロロメタンを基質とした時と比べて遅くなります。

さらにもう1つメチル基に置換した、2-クロロプロパンについても考えてみましょう。第2級ハロゲン化物です。2つのメチル基が、クロロメタンの結合した基質炭素の裏側を覆ってしまうため、いっそう水酸化物イオンが攻撃しづらくなってしまいます。結果として、反応速度はさらに遅くなります。

最後に、第3級ハロゲン化物の2-クロロ-2-メチルプロパンの場合です。基質炭素は3つのメチル基に囲まれているため、もはや水酸化物イオンが攻撃する余地がありません。したがって、SN2反応は起こりません。

アルキル置換基の直鎖の長さと反応性

今度は、置換基の直鎖を長くした時の影響を考えましょう。前項で解説したように、クロロメタンの水素原子の1つをメチル基に置換したクロロエタンは反応速度が遅くなります。それは求核攻撃する水酸化物イオンと基質の置換基であるメチル基が立体的に反発するためです。

それでは、基質の置換基をメチル基ではなくエチル基とした1-クロロプロパンの場合は反応速度はどうなるのでしょうか。以下の図にまとめました。

炭素鎖とSN2反応

 

1-クロロプロパンは通常、最も安定した配置をとるようCH3とClが離れてアンチ形の立体配座をとります。そのため、水酸化物イオンが求核攻撃をする際に基質中のCH3とぶつかって非常に大きな立体障害が生じることになります。

一見して1-クロロプロパンと水酸化物イオンのSN2反応は起こらないように思えますが、実際は反応時に基質中の結合が回転してCH3とClが近づき、ゴーシュ形の立体配座をとります。CH3は水酸化物イオンの求核攻撃する位置と反対に移ったため先ほどの非常に大きな立体障害は解消されます。これはクロロエタンのときと遷移状態のエネルギーがほとんど変わりません。したがって、1-クロロプロパンはエタンと比較して、やや反応速度が遅くなります。

それでは、置換基の直鎖を3つ以上にするとどうなるのでしょうか。プロピル基の場合、炭素鎖が長くなったせいでゴーシュ形配置をとるためのエネルギーが上がるために、反応がやや不利になります。反応性が少し減少するだけです。炭素鎖が4つ以上になると反応性はほとんど減少しません。それは、置換基の直鎖を長くしても反応部位の立体障害に関わらないためです。置換基の末端はもはや求核攻撃を受ける基質炭素の周りには配置されていないのです。

アルキル置換基の枝分かれと反応性

最後に、基質炭素の置換基が枝分かれ構造をもつ場合の反応への影響を考えます。1-クロロプロパンの場合、置換基が回転することによって非常に大きな立体障害が小さくなることが分かりました。それでは、置換基の枝分かれをさらに増やすとどうなるのでしょうか。下の図にまとめました。

枝分れとSN2反応

 

まずは1-クロロ-2-メチルプロパンの場合です。これは1-クロロプロパンと比べて、基質炭素についている置換基のメチル基が1つ増えています。水酸化物イオンと1-クロロ-2-メチルプロパンが反応するためには、2つのメチル基が水酸化物イオンから離れた位置にいる必要があります。その場合、2つのメチル基がともにClとゴーシュ形の立体配座をとるために遷移状態のエネルギーが高く、反応が遅くなります。

さらに枝分かれのメチル基をもう1つ増やした1-クロロ-2,2-ジメチルプロパンではどうでしょうか。この場合、置換基がどのように回転してもメチル基と水酸化物イオンの間における立体的な反発は避けれず、非常に大きな立体障害があります。したがって、ほとんど反応することがありません。

まとめ

今回はアルキル置換基が引き起こす立体障害について解説しました。最後に前項までの話をまとめると。

  1. 基質炭素の置換基を増やすと反応性は減少する。
  2. 基質炭素の置換基の炭素鎖を長くすると反応性は減少するが、4つ以上になるとほとんど変わらない。
  3. 基質炭素の置換基の枝分かれを増やすと反応性は減少する。

ということです。