SN2反応における求核剤の強さと反応性

SN2反応を進める要因となる求核剤の求核性、すなわち求核剤が基質に対して求核攻撃を起こすかどうかは何によって決まるのでしょうか。今回は求核剤の求核性について、電荷や塩基性度、溶媒の種類といった観点から解説していきます。

SN2反応のおさらい

求核剤の求核性を論じる前に、SN2反応の反応機構を簡単におさらいしておきましょう。例として水酸化ナトリウムとクロロメタンの反応図を以下に示します。

クロロメタンと水酸化ナトリウムの反応機構

まず水酸化物イオンがクロロメタンに対して、脱離基とは反対の方向から炭素原子に対して攻撃してC-O結合を形成します。一方で、C-Cl結合の共有電子対が押し出されて塩素原子に移ります。最終的には塩素原子が塩化物イオンとして脱離してメタノールが残ります。

このように、1段階で反応物が相互作用する置換反応のことを二分子求核置換(bimolecular nucleophilic substitution)反応と呼びます。略してSN2反応です。

求核剤の負電荷が大きいと求核性は大きくなる

以下の2つの反応を比べてみましょう。

酸素原子を求核剤とするSN2反応

求核攻撃する原子が同じである場合、負電荷が大きい方が求核性が大きくなって反応が進みやすくなります。このことは、求核剤の負電荷が大きいと基質の電子軌道に自身の電子を重ねようとする力が大きくなるだろうという直観的な予想に一致しています。

求核剤の原子が周期表の右へ行くと求核性は小さくなる

今度は、同じ周期の原子を求核剤にしたときの反応性を比較します。

酸素原子と窒素原子のSN2反応の比較

2種類の原子でしか比較していませんが、同じ周期に属する原子であれば周期表の右へ行くほど求核剤の求核性は小さくなってしまいます。これは、周期表の右へ行くと塩基性度が低くなってしまうためです。求核剤は塩基性度が大きい求核性が大きくなります。ただし、このことは15族~17族の原子が求核剤になるときに当てはまることに注意してください。

第2周期原子を含むイオン分子について、求核性の強さを比較すると以下のようになります。

同周期原子の求核性の比較

溶媒和が求核性を小さくする

先の項では、周期表の右へ行くと塩基性度が高くなるという法則に同調するように、求核剤の求核性が小さくなることを解説しました。こんどは周期表の同族元素について、周期表の下に行くにしたがって塩基性度が低くなるわけですから、求核性も小さくなることが予想できます。

それでは、同族原子を含む求核剤を用いたSN2反応式を比較しましょう。

同族周期の求核剤によるSN2反応の比較

今回の反応式では矢印の上に溶媒を明記してあります。先の予想に反して、求核剤の原子が周期表の下に行くと求核性が大きくなることが分かります。塩基性度は低くなるにもかかわらず、求核性は大きくなるのです。

なぜこのような結果となるのでしょうか。それは溶媒に理由があります。

求核剤として利用されるイオンはアルコールや水によく溶けます。これは、求核剤の負電荷が、溶媒の正に分極した水素原子とイオン-双極子相互作用を起こしやすいためです。実際に、水の水素原子やアルコールのOH基の水素原子は分極により正に帯電しています。この場合、求核剤と溶媒分子の水素が水素結合を形成することになります。

このようにイオン分子が周りの溶媒分子を集めてしまうことを溶媒和と呼びます。この溶媒和と呼ばれる現象によって、求核剤が基質に対して求核攻撃しづらくなります。求核剤が溶媒分子に囲まれて身動きが取れなくなるからです。

分極した水素をもっているため水素結合を形成することのできる溶媒をプロトン性溶媒といい、逆に水素結合を形成できないような溶媒を非プロトン性溶媒といいます。

では、求核剤の原子が周期表の下に行くとどのような現象が起こるのでしょうか。F-からBr-へと行くにしたがって原子半径が大きくなり、負電荷が分散されて溶媒和の効果が弱くなります。溶媒和の効果が弱まることによって求核性が大きくなるのです。

同族元素の求核性

極性の強い非プロトン性溶媒を使えば溶媒和の効果が弱まって求核性が上がる

極性の強い非プロトン性溶媒は、プロトン性溶媒と比較して水素結合を形成できるような水素原子は持ちませんが、代わりに分極した結合をもっています。この分極した結合によって正に帯電した原子が求核剤に対して溶媒和できるわけですが、プロトン性溶媒ほど強く溶媒和できるわけではありません。そのため求核剤がいくぶん身動きが取れるようになって求核性が上がります。

なかでも、原子半径の小さい求核剤であるほど求核性の上がり具合は大きいです。そのため、求核性に与える要因として塩基性度の方が溶媒和よりも大きくなるため、先の項で示したハロゲン化物イオンの求核性の大小関係は逆転します。

非プロトン性溶媒中での求核性

極性の強い非プロトン性溶媒の例をいくつか挙げておきます。

極性の強い非プロトン性溶媒

分極率が高い求核剤は求核性が大きい

溶媒和と求核性の関係性について先ほどまで論じてきましたが、それは負電荷をもった求核剤に限定したものでした。そもそも負電荷をもたない求核剤は溶媒分子を相互作用をほとんど起こさないため溶媒和効果が非常に弱く、求核性とほとんど関係しないのです。

負電荷をもたない求核剤は、周期表の下に行くと求核性が多くなることが分かっています。この関係性は、負電荷をもつ求核剤がプロトン性溶媒中でSN2反応を起こす場合と同じパターンです。ただし、パターンが同じだけで原因は別です。

周期表の下に行くにしたがって求核剤の原子半径が大きくなるために電子軌道が広がっていきます。そのため、求核剤と基質の電子軌道が重なりやすくなって、遷移状態のエネルギーが低くなることで反応速度が上がります。これが求核性が大きくなる要因です。

例えば16族の原子を例に挙げると、求核剤の求核性の大小関係は

H2O < H2S < H2Se

になります。

かさ高い置換基をもつ求核剤は求核性が小さい

溶媒和現象によって求核剤の求核性が小さくなることを紹介しましたが、同じように求核剤そのものがかさ高ければ求核性は小さくなります。かさ高いとは、求核剤に枝分かれしたり分子鎖の長い置換基がついていることを意味します。もっと簡単に言えば、ごちゃごちゃした置換基のついている求核剤は、すっきりとした構造式の求核剤と比べて求核性が小さくなるということです。

求核剤のかさ高さと求核性