旋光計を用いることで、エナンチオマー混合物中の(+)と(-)の比率を算出することができます。しかし、右旋性と左旋性によって定義される(+)と(-)の区別はキラル分子の空間配置をはなんら直接的な関係はないのです。
したがって、例えば試料中の2-ブロモブタン(キラルな分子)が100%(+)-エナンチオマーであると分かったとしても、分子の空間配置までは分かりません。
各エナンチオマーがどちらの空間配置をとるかは、X線結晶解析による構造決定を利用しない限り決定することはできないのです。構造決定することによって初めて(+)がどちらの空間配置で(-)がどちらの空間配置であるかを知ることができます。
ということでエナンチオマーを空間配置の観点から区別するためにも、(+)や(-)とは別の命名法を考える必要があります。その方法が、R,S 絶対配置です。エナンチオマーの一方をR、他方をSで区別するのです。
目次
R,S 絶対配置
まずはR,S 絶対配置の簡単な考え方を解説します。
まずはキラルな分子を用意して立体中心(不斉原子)を特定しましょう。立体中心の原子には互いに異なる4つの置換基が付いています。次に立体中心に結合した4つの置換基を、後述する規則に従って優先順位付けします。仮に、優先順位の高い置換基から順にa,b,c,dとローマ字を振ることにします。
すると、キラルな分子には2種類の空間配置が考えられます。
最も優先順位の低い置換基dが立体中心の裏に隠れるような方向から見てみます。上の図の場合、真下から覗き込む感じですね。
このとき、置換基を優先順にa→b→cとなぞると時計回りか反時計回りかの2通りになります。もし時計回りであれば注目している立体中心の配置がR、反時計回りであれば注目している立体中心の配置がSになります。(R,Sはイタリック文字)
あとはIUPACの定める命名法に従って決定した分子名の前に(R)-や(S)-を添えるだけです。
例:2-ブロモブタン →(R)-2-ブロモブタンと(S)-2-ブロモブタン
続いて立体中心に結合している4つの置換基の優先順位の付け方を詳しく見ていきます。順位則1から順位則4の順番にしたがって決定します。
順位則1:立体中心についている原子の原子番号を比べる
まずはキラルな分子の立体中心に直接結合している4つの原子の原子番号に注目します。このとき原子番号の大きな原子ほど、それを含む置換基の優先順位が高くなります。ただし、同位体の場合は質量数の大きい方が優先順位が高くなります。
1-ブロモ-1-クロロエタンを例に挙げました。下の図です。
順位則2:立体中心に直接結合している原子が同順位の場合は、さらにその原子に直接結合している原子の原子番号を比較する
例えば立体中心に異なるアルキル基が結合している場合は、炭素同士の比較になるので同位体でもない限り優先順位に差をつけることはできません。こういう場合には、立体中心に直接結合している原子に直接結合している原子の原子番号同士を比較して優先順位をつけます。
といった感じに置換基の鎖を先端に向かって辿りながら原子番号を比較していきます。置換基の優先順位を決める際の具体例を見てみましょう。
このようにして、置換基の原子を比較して優先順位が同じになってしまう場合は、もう1つ立体中心から離れた原子を比較してあげます。ただし、同一置換基内に比較に使うことのできる原子が2種類以上ある場合は、原子番号のもっとも大きい原子とその数を採用して別の置換基の原子と比較してあげます。
比較する原子が同じ場合はその個数が多い方が優先順位が高くなります。したがって、上の例②のようにイソプロピル基の方が優先順位が高くなるのです。
順位則3:二重結合は原子数が2倍、三重結合は原子数が3倍になる。
ここまでは単結合のみの例を挙げてきました。今度はエテニル基とエチニル基を比較してみましょう。下の図です。
立体中心に直接結合している 原子はどちらも炭素が1つずつなので同順位です。したがって、立体中心からもう1つ離れた原子を使って優先順位を決めます。一見すると、また炭素が1つずつで同順位かと思ってしまうかもしれませんが、そうではありません。
比較している炭素はそれぞれ二重結合と三重結合でつながっているので、それに応じてポイントを加算します。二重結合だと結合している原子の数が2倍に、三重結合であれば結合している原子の数が3倍になります。
ということでエテニル基は炭素×2、エチニル基は炭素×3なのでエチニル基の方が優先順位が高くなります。
もう1つアルデヒド基とカルボキシル基を比較して優先順位を決定してみましょう。
この場合、炭素と二重結合を介してつながっている原子が酸素なので酸素をくっつけます。また、酸素からしてみれば炭素が二重結合の相手なので炭素をくっつけます。すると、カルボキシ基の方が優先順位が高いことが分かります。
要は、優先順位決定のために便宜的に構造式を書き換える作業をする際には、二重結合や三重結合の相手の原子をくっつけてやることで単結合化します。
当然、書き換えた構造式が元の置換基とは異なるものであることは注意してください。あくまでも優先順き決定のための便宜的な書き換えです。