一分子求核置換反応(SN1反応)の反応機構とエネルギー図・速度式

ハロアルカンのSN2反応では、基質の級数が上がるにつれて反応性が下がります。

参考:SN2反応とアルキル基の立体障害

一方で、SN2反応とは異なる反応のなかには、ハロアルカンの級数が上がるにつれて反応性が上がるものもあります。それが一分子求核置換反応またはSN1反応と呼ばれるものです。

今回は、SN1反応について速度式や反応機構、エネルギー図の観点から詳しく解説していきます。

加溶媒分解と加水分解

例えば、2-ブロモ-2-メチルプロパンのSN2反応の反応性は比較的低いです。ところが、水と混ぜると比較的早い速度で反応し、2-メチル-2-プロパノールが生成します。

 

第二級ハロアルカンの2-ブロモプロパンも水と反応し、2-プロパノールを生成します。ただし、上の例と比べると反応は遅くなります。

すなわち、ハロアルカンの級数が大きい方が反応性が大きいのです。

他にも、2-クロロ-2-メチルプロパンをメタノールと混ぜると、反応が進んで2-メトキシ-2-メチルプロパンが生成します。

メタノール中での加溶媒分解の例

 

このように、基質(上の例ではハロアルカン)の求核性が小さいにも関わらず特定の溶媒分子で置換がおこる反応のことを、加溶媒分解といいます。

特に、溶媒が水の場合には加水分解といいます。

加溶媒分解の反応速度

2-ブロモ-2-メチルプロパンと水の反応実験を濃度を変えながら行い、反応速度を測定していきます。

すると、この加水分解反応の速度が2-ブロモ-2-メチルプロパンの濃度にのみ比例することが分かります。

したがって、反応の速度\(v(mol/L・s)\)は、

$$v = k[(CH_3)_3CBr]$$

になります。このとき、\(k\)は反応速度定数\((1/s)\)です。

1つの反応物の濃度だけがボトルネックとなって反応速度を決定します。水をいくら増やしたところで反応は速くなりません。

例えば、砂時計を考えてみてください。砂が全て落ちるまでの時間はくびれの大きさによってのみ決まります。すなわち、くびれが大きければ砂はすぐ落ちますが、くびれが小さいと砂はなかなか落ちません。これをボトルネックと呼びます。

SN1反応の反応機構

ここでは、2-ブロモ-2-メチルプロパンと水の反応機構を見ていきます。この加水分解は一分子求核置換(unimolecular nucleophilic substitution)反応、略してSN1反応と呼ばれるものです。

この名称は、先の項で述べたように、反応の速度が基質1分子の濃度によってのみ決まることに由来しています。

反応機構は3つの段階に分かれています。

段階1:炭素-ハロゲン結合のヘテロリシス開裂

まず、2-ブロモ-2-メチルプロパンのC-Br結合がヘテロリシス開裂を起こして、1,1-ジメチルエチルカチオンと臭化物イオンを生成します。

この段階が3つの段階のなかで最も遅く、ボトルネックとなります。

炭素-ハロゲン結合のヘテロリシス開裂

段階2:溶媒分子がカルボカチオンに求核攻撃する

段階1で生成した1,1-ジメチルエチルカチオンは正の電荷をもっているため強力な求電子剤になります。したがって、水分子の酸素が求核剤となって求核攻撃を引き起こします。

その結果生じる生成物は、最終生成物の共役酸であり、アルキルオキソニウムイオンと呼ばれるものです。

溶媒分子がカルボカチオンに求核攻撃する

段階3:アルキルオキソニウムイオンの脱プロトン化

段階2で生成したアルキルオキソニウムイオンは強酸であり、水分子によって簡単に脱プロトン化します。

アルキルオキソニウムイオンの脱プロトン化

SN1反応とSN2反応のエネルギー図

2-ブロモ-2-メチルプロパンと水とのSN1反応におけるエネルギー図を下に示します。比較のために、ブロモメタンと水酸化物イオンのSN2反応についても図に示しました。

sn1反応のエネルギー遷移図

 

sn2反応のエネルギー図

 

SN2反応は1段階反応であり、遷移状態が1つしかありません。一方で、SN1反応は先の項で述べたように3段階反応であり、1段階目の遷移状態の遷移エネルギーが最も高いために、反応のボトルネックとなります。

SN1反応によってラセミ体が生成する例

SN1反応は、基質によってラセミ体を生成することがあります。ラセミ体とは化合物の鏡像異性体が1:1の割合になっている試料のことをいいます。

例えば、(S)-(1-ブロモエチル)ベンゼンのSN1反応を考えてみましょう。反応図は以下の通りです。

ラセミ体生成の例

 

まずはC-X結合がヘテロリシス開裂を起こして、中間体であるカルボカチオンが生成します。

このとき、基質炭素(ここではカルボカチオン)には3つの置換基がついているため、電子同士の反発を最小化しようとsp2混成軌道により平面三角形の構造をとります。

次に、水分子がカルボカチオンに対して求核攻撃を起こすわけですが、このとき求核できる箇所が下図のように2か所あることが分かります。

その結果、3段階目の脱プロトン化を経て、一方では(S)-1-フェニルエタノールが、もう一方では(S)-1-フェニルエタノールが生成します。どちらに求核攻撃するかの確率は半々ですから、生成物の比は1:1となってラセミ体が得られるわけです。