ハロアルカンの性質と求核置換反応

アルカンとハロゲン分子の混合物に熱や紫外線を与えるとラジカル連鎖反応が開始し、ハロアルカンが生成します。まずはこのハロアルカンの物理的な性質について見ていきます。そのあとで求核置換反応がどのような反応であるかを解説していきます。

ハロアルカンの物理的性質|C-X結合と分極

ハロアルカンの最も単純な例としてハロメタンを考えてみます。ハロメタンのC-X結合は炭素のsp3混成軌道とハロゲンXのp軌道が重なり合うことで形成されます。しかし、結合しているハロゲンが周期表の下の方に行くにしたがってp軌道が大きくなってしまうため比較的小さいsp3混成軌道との釣り合いが悪くなり、重なり合う領域が減少してしまします。

したがって、結合しているハロゲンが周期表の下に行くほど結合距離が長くなり、結合の強さは弱くなります。下の表に実際のハロメタンについて結合の長さと強さを示しました。

C-X結合

 

またハロゲンXは炭素と比べて電気的に陰性であるため、ハロアルカンは分極しています。そのためハロゲンXはやや負の電荷(δ)を帯びて、炭素はやや正の電荷(δ+)を帯びます。分極に関しても、結合するハロゲンが周期表の下の方になるほど分極率が上がります。 ←これについては後述します。

C-X結合の分極

 

すると、分極した分子と分子のあいだにクーロン力が発生するため、ハロアルカンは同炭素数のアルカンよりも沸点が高くなります。メタンとハロメタンの沸点を下の表に示しました。

ハロアルカンの沸点

 

なぜこのように沸点に違いが生じるのでしょうか。

例えば、塩化ナトリウムのようなイオン性の化合物は、ナトリウムイオンNa+と塩化物イオンClとの間に生じるクーロン力により結晶格子として規則的に配列しています。これはイオン間力イオン間相互作用と呼ばれるものです。

一方で、ハロアルカンのように非イオン性でありながら極性をもつ分子は、イオン間力よりは弱いですが極性により生じる正電荷と負電荷のあいだでのクーロン力により引き合います。これは双極子-双極子相互作用と呼ばれるものです。

さらに、非極性分子であるアルカンは、双極子-双極子相互作用よりも弱い、電子の相互作用によるロンドン力によって引き合います。アルカンの分子どうしが近づくと、互いの電子雲が反発します。一方のアルカンの電子が少し動くことで分子内結合の分極が一時的に生じます。

すると、他方のアルカンにおいても電子が動いて逆向きの分極を引き起こします。結果的にアルカンの電子雲は非対称な分布となり、このような電荷の偏りが分子間力を引き起こすのです。

このような分子どうしの間に働くクーロン力のことを総称して分子間力ファンデルワールス力と呼ぶのです。

このように、ハロアルカンはアルカンよりも分子間力が強いため沸点が上昇します。

それでは、同じハロアルカンでも構成するハロゲンが周期表の下に行くにしたがって沸点が上昇するのはなぜなのでしょうか。それはロンドン力によって説明することができます。

ロンドン力は電子が移動することによって生じる非対称な電荷の分布によって生じるものでした。ということは、核の電子に対する束縛が弱くなると、電子は自由に動き回ることが出来てロンドン力は大きくなります。

同じハロゲンでも周期表の下に行くほど外殻の電子は運動しやすくなるため、ロンドン力が大きく働くことになるわけです。ロンドン力、すなわち分子間力が大きければ沸点も上昇します。

このように、電子が外部の電場に影響されて移動しやすい、それによって分極しやすい分子を”分極率が高い”と考え、このように分極率を定義します。分極率は、外部磁場により電子雲がどれだけ歪められるかを表しているのです。

したがって、ハロアルカンに置換しているハロゲンが周期表の下に行くほど、分極率は上がることになります。

求核置換反応

先ほど述べたようなC-X結合の分極によって、ハロアルカンのやや正に帯電した炭素が求電子的になります。すると、アニオンや電子リッチな求核剤による攻撃を受けて置換反応が起こります。

ハロアルカンの炭素原子はδ+であるため電子を欲しています。このような化合物を求電子剤といいます。一方で、水酸化物イオンのような陰イオンやアンモニアのような非共有電子対をもつ化合物を求核剤といって、自身の電子を求電子剤の電子軌道に重ねようとします。

いま、求電子剤であるハロアルカンに求核剤が攻撃するとハロアルカンの炭素と結合してハロゲンが脱離します。この反応を求核置換反応といいます。

求核置換反応の反応機構は以下のような電子の動きによって表されます。

求核置換反応

 

1つ目の求核置換反応では、負電荷をもつ求核剤の非共有電子対がハロアルカンのハロゲンに直接結合した炭素に攻撃します。さらに、C-X結合の共有電子対がXに渡ることでハロゲンが脱離します。これによって、ハロアルカンの炭素に結合するハロゲンが求核剤に置換されます。

2つ目の反応は求核剤が中性な分子であるだけで反応の流れは変わりません。

また、求核攻撃を受ける出発物質のことを基質と呼び、置換反応によって基質から脱離する物質を脱離基といいます。

基質がハロアルカンである求核置換反応の例を下に挙げました。

種々の求核置換反応

 

いずれも求核剤が基質を攻撃することによってハロゲン化物イオンが脱離し、置換反応が起きています。

1つ目の反応はアルコールの製法としてよくあります。2つ目の反応を見ると分かるように、ハロアルカンのハロゲンを別のハロゲンに置換することも出来ます。また、3つ目ではアンモニアのような中性の求核剤を用いると生成物は正の電荷をもちます。

以上がハロアルカンを基質とする求核置換反応の概要です。