水素原子のエネルギー準位とリュードベリ定数を導出しよう

物理学者であったボーアは、水素原子の許容されるエネルギー準位をド・ブロイ波長をもとに計算することで、水素原子のスペクトルを説明しました。今回は、このボーアの理論について解説し、さらにリュードベリの式と定数もあわせて導出します。

水素電子軌道の半径

水素原子は、原子核(1個の陽子)のまわりを1個の電子が運動しています。原子核の質量は電子と比べて十分に大きいため、原子核は原点に固定されていてそのまわりを電子が回転しているものと考えられます。回転する電子にはたらくクーロン力と遠心力がつり合っているため、

$$\frac{1}{4\pi \varepsilon_0}\frac{e^2}{r^2}=m_e\frac{v^2}{r} \tag{1}$$

このとき、\(\varepsilon_0[C^2N^{-1}m^{-2}]\)は真空の透磁率、\(r\)は電子と原子核のあいだの距離、\(e\)は電気素量、\(m_e\)は電子の質量、\(v\)は電子の速度です。

ところで、原子を高温にしたり放電にさらすなどしてエネルギーを与えると、その原子固有の振動数をもった電磁波を放出することが分かっています。すなわち、その原子固有の発光スペクトルをもっています。原始の発光スペクトルは、連続的ではなく離散的な値、すなわち飛び飛びの値しかとらないため、線スペクトルと呼ばれています。

もし、電子が陽子のまわりをつねに一定の半径をとりながら回転運動しているとすれば、電磁波を放出したときにその分のエネルギーを失うわけですから、どんどん陽子に近づいてしまうことが予想されます。しかし、実際にはそのようなことはおこりえません。

そこで、物理学者のボーアは、電子の軌道が定常状態にあることを仮定しました。さらに、電子が軌道を1周したときの位相が、1周する前の位相と一致すると仮定しました。電子が1周したときに位相がずれると、振幅が打ち消しあって波が消えてしまい、結局は半径が一定の回転運動をしてしまうからです。

ボーアの仮定に則れば、円周の長さがド・ブローイ波長の整数倍になる量子条件の式が立てられ、

$$2\pi r=n\lambda  (n=1,2,3,…) \tag{2}$$

(2)式にド・ブロイ波長、

$$\lambda=\frac{h}{mv} \tag{3}$$

を代入して式変形すれば、

$$\begin{align} 2\pi r&=n\frac{h}{m_{\,e}v} \\ m_{\,e}vr&=\frac{nh}{2\pi} \\ m_{\,e}vr&=n\hbar \tag{4} \end{align}$$

このとき、hはプランク定数\([J\cdot s]\)、\(\hbar=h/2\pi\)です。

(4)式の左辺は角運動量\(mvr\)であり、それが\(\hbar\)の整数倍で表されていますから、角運動量が量子化されていることが分かります。

ここで、(4)式を\(v\)について解いて、

$$v=\frac{n\hbar}{m_{\,e}r} \tag{5}$$

これを(1)式に代入すれば、

$$\frac{1}{4\pi \varepsilon_0}\frac{e^2}{r^2}=\frac{m_{\,e}}{r}(\frac{n\hbar}{m_{\,e}r})^2 \tag{6}$$

\(r\)について解けば、

$$r_n=\frac{4\pi \varepsilon_0\hbar^2n^2}{m_{\,e}e^2}=\frac{\varepsilon_0 h^2n^2}{\pi m_{\,e}e^2}  (n=1,2,3,…) \tag{7}$$

半径も自然数\(n\)を含む式であるため、量子化されていることが分かります。このことから、水素原子がエネルギーを吸収や放出することによって自然数\(n\)の値が変化し、半径も変化することが予想されます。実際に、次の項で水素電子の全エネルギーを計算してみます。

水素電子のエネルギー

水素電子の全エネルギー\(E\)は運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(V\)(電位)の和で与えられるので、

$$\begin{align} E&=K+V \\ &=\frac{1}{2}m_{\,e}v^2+(-\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\frac{e^2}{r}) \end{align} \tag{8}$$

ここで、(1)式を\(m_ev^2=\)の形に式変形して、

$$m_{\,e}v^2=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0r} \tag{9}$$

これを(8)式に代入すれば、

$$\begin{align} E&=\frac{1}{2}\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0r}-\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\frac{e^2}{r} \\ &=-\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0r} \tag{10} \end{align}$$

これに(7)式を代入して\(r\)を消去すれば、

$$\begin{align} E_n&=-\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0}\frac{\pi m_{\,e}e^2}{\varepsilon_0h^2n^2} \\ &=-\frac{m_{\,e}e^4}{8\varepsilon_0^2h^2}\frac{1}{n^2}  n=1,2,3,… \tag{11} \end{align}$$

したがって、水素電子の全エネルギーも自然数\(n\)によって量子化されていることが分かります。ここで注意したいのが、エネルギーが負の値であることと自然数\(n\)は分母にあるので、\({E_n}\)は\(n\)の増加数列であるということです。\(n=1\)のときのエネルギーを特に、基底状態エネルギーといいます。

水素原子がエネルギーを吸収したとき、まず電子が\(n\ge 2\)を満たすエネルギー状態になります。この状態を励起状態といいます。電子が励起されて基底状態エネルギーよりも高いエネルギー状態をとっています。その後、増加した分だけエネルギーを放出するときに、電磁波が放出されて再び基底状態に戻るのです。

このように、水素電子のエネルギーが量子化されていることで、水素の放出する電磁波も量子化されている、すなわちスペクトルが原子固有の振動数をもつことになるのです。

ボーアの原子モデル

リュードベリの式とボーアの振動条件

連続する2つの自然数\(n_1\)と\(n_2\)(\(n_1\le n_2\))にそれぞれ対応するエネルギーの差\(\Delta E\)を計算してみます。(11)式より、

$$\Delta E = E_{n_2} – E_{n_1} =\frac{m_{\,e}e^4}{8\varepsilon_0^2h^2}(\frac{1}{n_1^2}-\frac{1}{n_2^2}) \tag{12}$$

ボーアはかつて、この隣り合う水素電子のエネルギー状態の差がちょうど光子1個分のエネルギーに等しいことを予想しました。

$$\Delta E=h\nu \tag{13}$$

これをボーアの振動条件と呼びます。このとき、\(\nu\)は振動数です。

すると、振動数\(\nu=c/\lambda\)なので、

$$\Delta E=h\nu =h\frac{c}{\lambda}=hc\widetilde\nu \tag{14}$$

このとき、\(c\)は速度、\(\lambda\)は波長です。\(\widetilde\nu=1/\lambda\)とおきました。

(14)式と(12)式より\(\widetilde\nu\)は、

$$\begin{align} \widetilde\nu&=\frac{\Delta E}{hc} \\ &=\frac{1}{hc}\frac{m_{\,e}e^4}{8\varepsilon_0^2h^2}(\frac{1}{n_1^2}-\frac{1}{n_2^2}) \\ &=\frac{m_{\,e}e^4}{8\varepsilon_0^2ch^3}(\frac{1}{n_1^2}-\frac{1}{n_2^2}) \tag{15} \end{align}$$

これが、水素原子の線スペクトルの波数\(\widetilde\nu\)を表すリュードベリの式になります。波数とは、単位長さに含まれる波の数を表します。

そして、(15)式に含まれる因数、

$$R_\infty =\frac{m_{\,e}e^4}{8\varepsilon_0^2ch^3} \tag{16}$$

がリュードベリ定数です。