この記事は一分子求核置換反応(SN1反応)について、溶媒や脱離基、求核剤あるいは基質のアルキル基が反応に与える影響を解説していきます。
目次
極性溶媒・プロトン性溶媒がSN1反応を速める
SN1反応のボトルネック(律速段階)でもある反応の第1段階は、基質炭素と脱離基のC-X結合のヘテロリシス開裂によりカルボカチオンを生成するというものでした。このとき、反応溶液中には正に帯電したカルボカチオンと負に帯電した脱離基が存在することになります。
例えば2-ブロモ-2-メチルプロパンのSN1反応の場合、C-Br結合のヘテロリシス開裂により、正に帯電した1,1-ジメチルエチルカチオンと負に帯電した臭化物イオンが生成します。
このような分極した状態を作りたいときには、より極性の高いプロトン性溶媒を利用すると良いです。例えば、下の図のように水H2Oを溶媒としてSN1反応を進めると、水素結合により脱離基の脱離が安定化し、生成したカルボカチオンも溶媒和により安定化することが出来ます。
一方で、アセトンを溶媒としてSN1反応を進めた場合には、反応が遅くなってしまいます。極性は高いものの、非プロトン性溶媒では先のような脱離時の安定化を図ることが出来ないからです。
その例として、同じ2-ブロモ-2-メチルプロパンの加水分解でも下のように溶媒を変えるだけで速度が約40万倍も違います。
脱離能の大きな脱離基を用いるとSN1反応は速くなる
SN1反応のボトルネックは基質から脱離基が脱離する段階のため、脱離基の脱離能が大きいほど反応は速くなります。
ハロゲンの脱離基の場合、周期表の下に行くにしたがって脱離能が大きくなります。また、スルホン酸イオンのような硫黄誘導体についても特に脱離しやすいです。SN2反応の場合と同じです。
求核剤はSN1反応の速度に影響を与えない
何度も繰り返しますが、SN1反応のボトルネックは基質から脱離基が脱離する段階です。したがって、求核剤をどうこうしたところで反応速度は変化しません。SN1反応の速度式を下に示します。
(反応速度)= k ×(基質の濃度)
このとき、kは反応速度定数です。上の速度式には求核剤の項が入っていないため、求核剤の濃度を変えても反応速度は変わらないことが分かりますね。
カルボカチオンが安定する方がSN1反応は進む
ハロアルカンのハロゲン原子の隣の炭素に結合しているアルキル基(置換基)の数が1つの場合、第一級ハロアルカン、2つの場合には第二級ハロアルカンなどと呼ばれます。
第一級ハロアルカンが基質の場合、SN1反応は観測されずにSN2反応のみが起こります。一方で、第二級ハロアルカンの場合には比較的遅いもののSN2反応が起こり、第三級ハロアルカンではSN1反応がよく起こります。
なぜ級数が違うと反応性に差が生じるのでしょうか。それは、反応の第1段階のヘテロリシス開裂により生成したカルボカチオンの安定性によって説明することが出来ます。
超共役がカルボカチオンを安定化する
ハロアルカン級数が大きいほどカルボカチオンの安定性が上がり、結果としてSN1反応が起こりやすくなります。
例えば基質炭素にメチル基が置換されている場合、生成したカルボカチオンの空のp軌道に対して隣のメチル基のC-H結合の共有電子対が流れ込んで非局在化することによって安定化します。このことを超共役と呼ぶのでした。
したがって、級数が大きいほどアルキル基の数が増えて空いたp軌道により電子を供給することができ、超共役によりカルボカチオンが安定化するわけです。
起こるのはSN1反応か、それともSN2反応か
ハロアルカンが第何級であるかによって、起こる反応は変わってきます。
第一級ハロアルカンの場合、SN1反応は起こらずにSN2反応のみ起こります。一方で、第三級ハロアルカンではSN1反応がよく起こり、SN2反応は極端に遅くなります。
ところが、第二級ハロアルカンは場合によりけりで、いずれの反応が起こるかは溶媒や脱離基、求核剤などの条件に依存します。その違いを以下にまとめます。
- SN1反応:極性の高いプロトン性溶媒中で脱離基の脱離能が大きい場合に反応が進みやすい。
- SN2反応:極性の高い非プロトン性溶媒中で求核性の強い求核剤が高濃度である場合に反応が進みやすい。
例えば以下のような反応が挙げられます。
極性の高いプロトン性溶媒である水と脱離能の大きいトリフルオロメタンスルホン酸イオン(トリフルオロアートイオン)を使った第二級ハロアルカンの場合にはSN1反応が進みます。
一方で、極性の高い非プロトン性溶媒となるアセトンと求核性の強いメタンチオラートを使った第二級ハロアルカンの場合にはSN2反応が進むことになります。