大腸菌の形質転換とプラスミドDNAの抽出の原理とアガロースゲル電気泳動を解説

最近ではヒトを含めた高等生物の細胞培養技術が向上してきてはいるものの、大腸菌にプラスミドDNAを導入して形質転換し、クローニング化やタンパク質の発現を行う技術は今なお利用され続けています。今回は、

  1. 大腸菌(DH5α株を想定)のコンピテントセルを作製して、プラスミドDNA(pUC19を想定)を導入することで形質転換を行う
  2. 大腸菌からアルカリ-SDS法及びペグ(PEG)沈殿処理によりプラスミドDNAを抽出する
  3. 抽出したプラスミドDNAをアガロースゲル電気泳動により解析、分光光度計によりだいたいの濃度を測る

ような実験法の流れを解説します。

大腸菌に含まれる核酸の種類

大腸菌には3つの核酸が含まれています。

  1. 染色体DNA:大腸菌の遺伝情報をコードしている。
  2. RNA:DNAの転写によって得られた核酸。
  3. プラスミドDNA:染色体DNAから独立して自律複製する環状の二本鎖DNA。

染色体DNAとRNAはヒトの細胞にも含まれていますが、プラスミドDNAというのは馴染みがないと思います。プラスミドはDNAのみを構成成分とし、大腸菌や枯草菌などの細菌の細胞内で細菌の染色体DNAとは独立して存在しています。

普段は細菌の複製・転写・翻訳機構を勝手に使って細胞内に居候する”ヒモ”に過ぎません。しかし、細菌が抗生物質による攻撃に見舞われた際に、もしプラスミドDNAに抗生物質耐性の遺伝子がコードされていれば助けとなります。

さて、このプラスミドDNAをうまく利用すればDNAを増やしたり遺伝子を発現させることができます。プラスミドDNAに目的とするDNAを挿入して大腸菌内に導入すれば、プラスミド本来の生活環に従って大腸菌の増殖とともにプラスミドDNAが増殖していきます。

プラスミドDNAが運び屋(ベクター)としてDNAを大腸菌内まで持って行ってくれるのです。

コンピテントセルの作製と形質転換

本来、大腸菌は細胞外からDNAを取り込む効率が非常に低いです。プラスミドDNAを大腸菌に加えただけではほとんど何も起きません。そこで大腸菌に処理を施して外来DNAの取り込み効率を上げます。

こうして得られた大腸菌のことをコンピテントセルと呼びます。例えば、大腸菌の入った培養液を遠心機にかけて菌体を沈殿させて培養液を取り除き、氷冷した塩化カルシウム溶液を加えてピぺッティングで懸濁してから氷冷下におくとコンピテントセルが作製できます。

次にコンピテントセルにプラスミドDNAを導入して大腸菌の形質転換を行います。作製したコンピテントセルに氷冷したプラスミドDNAを加えて20~30分ほど氷冷したのち、42℃の恒温槽に45秒間置いてすぐ2分間氷冷します。

この作業によってプラスミドDNAの取り込み効率をさらにあげることが期待できます。培地溶液を加えて37℃で約30分間振とう培養します。最後にアンピシリン含有寒天培地に塗布して37℃のインキュベーターで培養し、後日コロニーの形成を観察しましょう。

プラスミドDNAに必要な条件

大腸菌のコンピテントセルにプラスミドDNAを取り込ませて形質転換を行いましたが、プラスミドDNAならなんでも良いというわけではありません。

例えば、培養した寒天培地を観察してコロニーを確認できたとしても、それが形質転換された大腸菌であることの保証はありません。プラスミドDNAを取り込まなかった大腸菌も存在するはずだからです。

また、プラスミドDNAに複製を指示する配列がなければ大腸菌の増殖時にプラスミドDNAが受け継がれることはありません。

さらに、そもそもこの大腸菌の形質転換技術は目的の遺伝子をクローニングしたり発現させたりするために開発されたものなので、目的をとする遺伝子をベクター(運び屋)であるプラスミドDNAに組み込めなければいけません。

以上3点の問題点を挙げましたが、この問題を解消するためにも、プラスミドDNAは最低限以下の配列をそれぞれ持っていなければいけません。

  1. 複製起点(ori):プラスミドDNAが大腸菌内で複製されるために必要な配列
  2. 遺伝子マーカー:形質転換に成功した大腸菌を見分けるために必要
  3. マルチクローニングサイト(MCS):100塩基ほどの長さで、様々な制限酵素の認識部位が集中している。

例えば”pUC19″と呼ばれるプラスミドDNAは2686 bpの二本鎖環状DNAです。DNA配列は上の3点を満たしています。

特に遺伝子マーカーとして薬剤耐性遺伝子のアンピシリン耐性遺伝子(bla)が配列されています。大腸菌は通常アンピシリンの存在下で生育することはできません。しかし、pUC19を取り込んだ大腸菌であればアンピシリン耐性遺伝子を獲得し、生き延びることができます。

したがって、pUC19を大腸菌のコンピテントセルに加えたあとは単なる寒天培地で培養するのではなく、アンピシリン含有寒天培地で培養しましょう。pUC19を取り込めた大腸菌のみがコロニーを形成し、取り込めなかった大腸菌は死滅します。

形質転換体を非形質転換体と区別するための遺伝子マーカーはアンピシリン耐性遺伝子だけではく、他にも種類があります。

また、プラスミドDNAは通常、1つの大腸菌につき1〜複数個存在します。この数をコピー数といって、pUC19の場合は500〜700です。したがって、形質転換に成功した大腸菌を1つ回収すれば500〜700のpUC19を回収できることになります。

プラスミドDNAの抽出

それではさっそくプラスミドDNAの抽出を始めていきましょう。

その前に、形質転換体は寒天培地上で培養していたので、コロニーを1つ選んで爪楊枝などでつつき、培養液に懸濁させて振とう培養しておきます。振とうによって菌体が沈殿・凝集するのを防ぎ、液体中に十分な空気を送り込む役割を果たします。

寒天培地上のコロニーを1つ1つ手作業でつついて大腸菌を回収するのは大変です。加えて固形培地上では増殖できる大腸菌の数に限りがあるため液体培地で大量に増やしたいというのも植菌する理由の1つです。

液体培養によって大腸菌が確保できたら、以下の流れに従って操作します。

  1. プラスミド含有大腸菌の入った培養液を遠心機にかけて大腸菌を沈殿させ、培養液を取り除く。
  2. EDTAを含んだ等張液を加える。このとき、EDTAは細胞膜の構造を緩め、かつMg2+に対する2価金属キレート作用によってDNase(Mg2+を必要とするDNA分解酵素)を阻害する。等張液は浸透圧作用により細胞膜を緩やかに破壊する。細胞壁を破壊するリゾチームを加えることもある。大腸菌が沈殿しているのでボルテックスでよく懸濁する。
  3. NAOHSDSを加えて細胞膜、タンパク質、染色体DNAを変性させる。激しく懸濁すると大腸菌が過剰に破壊されて染色体DNAがバラバラになり、その断片が混入するのでゆっくりと転倒混和する。
  4. 酢酸カリウム/酢酸溶液(pH 5.5)を加えてゆっくりと転倒混和し、中和する。
  5. 遠心すると染色体DNAやタンパク質は沈殿するがプラスミドDNAとRNAは上清(じょうせい)に残るため、上清のみ取ってくる。
  6. 上清にRnase Aを加え、酵素の至適温度である37℃に約10分間おいてRNAを分解する。
  7. さらにフェノールクロロホルムの混合溶液を加えると、変性していなかったタンパク質が変性して水層(上層)と有機層(下層)の境界面に現れる。プラスミドとRNaseによって分解されたRNA断片は水層に含まれるため、水層のみ取ってくる。
  8. 水層にポリエチレンポリエチレングリコール(PEG)のNaCl溶液を加えてよく混合し、遠心機にかける。すると、親水性の高いRNAは沈殿しないが、プラスミドDNAはポリエチレングリコール によって水和水が奪われ沈殿する。RNAはDNAに比べてモノマー1個あたりのOH基が1つ多いため比較的親水性が高い。
  9. 遠心後は上清を完全に取り除き、Tris-HCl(pH 7.5)が10mMでEDTAが1mMになるよう調製したTE緩衝液を加えて沈殿したプラスミドDNAを溶解させる。これでプラスミドDNAを単離した溶液が調製できた。EDTAはDNase混入に備えて入れてある。

以上の操作によって大腸菌からプラスミドDNAを抽出することができました。

アルカリ-SDS法による染色体DNAとプラスミドDNAの分離

上の手順3でNAOHを加えると、二本鎖DNAは変性して一本鎖になります。

このとき二本鎖染色体DNAは相補鎖が離れ離れになってしまい、中性に戻したとしても非常に長いDNA鎖であるために元の二本鎖に戻ることはありません。さらにSDSやSDSによって変性したタンパク質とともに凝集体を形成して沈殿してしまいます。

一方でプラスミドDNAは二本鎖環状DNAであるため、塩基性条件で変性して一本鎖になっても鎖の輪っかのようにお互いが絡み合って離れることはありません。しかも塩基数は数kbpと比較的短いため中性条件に戻してあげれば再び相補的な塩基対を形成して二本鎖を再形成します。

結果として手順5のような状態になるのです。

ペグ沈とエタ沈

手順8のようにPEGを加えてプラスミドDNAを沈殿させてRNAから分離する方法はペグ沈と呼ばれていますが、エタ沈と呼ばれる分離法も存在します。

手順7で取ってきた水層にエタノールを加えるとDNA・RNAの周りに配向していたが水が取り除かれます。さらに水槽に含まれていた酢酸ナトリウムの塩析効果によってDNA・RNAが沈殿します。

気をつけておきたいのが、RNAも一緒に沈殿してしまうので手順6でRNAをしっかり分解しておきましょう。

プラスミドDNAのアガロースゲル電気泳動

ゲル電気泳動の原理については以下の記事を参考にしてみてください。

参考:電気泳動法を解説|SDS-PAGE・ろ紙電気泳動

ここでは、実際に大腸菌からプラスミドDNA(pUC19)を抽出してアガロースゲル電気泳動にかける実験を行なった際の電気泳動像をお見せします。

電気泳動した核酸を可視化するためには臭化エチジウムエチジウムブロミド, EtBr)を使用します。電気泳動後、ゲルを臭化エチジウム溶液に浸して時々撹拌します。すると臭化エチジウムが相補的な塩基対の間に入り込みます。これをインターカレートといいます。

EtBr

 

臭化エチジウム自体に紫外線を照射しても蛍光を発しませんが、インターカレート時に紫外線を照射すると蛍光(590 nm)を発します。実際に紫外線を照射した際の写真が下の図です。

プラスミドDNAのアガロースゲル電気泳動図
  • A+:”プラスミドDNAの抽出”の項目で解説した流れに従った
  • A-:RNase Aを加えなかった
  • B+:NAOHを加えず、酢酸カリウム/酢酸溶液はpH 9.1に調整して加えた
  • B-:B+の条件に加えてRNase Aを加えなかった
  • M: 分子量マーカーとしてλファージDNAを制限酵素HindⅢで切断したもの
  • P:直鎖状にしたプラスミドDNA(pUC19)

A+とB+は失敗してしましいました。スミマセン。。。A+はプラスミドDNAのみがバンドとして現れると期待できます。B+はアルカリ条件にしなかったのでプラスミドDNAと大腸菌の染色体DNA断片のバンドが現れると期待できます。

A-はRNase Aを加えなかったので下のバンドcがRNAでバンドbが環状プラスミドDNA(pUC19)です。

B-はアルカリ条件にしなかったので大腸菌の染色体DNA断片が含まれているはずです。バンドeがそれですね。分子量マーカーと比較すると約23 kbpあります。大腸菌の染色体DNAが約4600 kbpなので、抽出過程で1/200に切断されてしまっています。バンドdはバンドcとバンドdがつながったもので、RNAとプラスミドDNAが含まれています。

Pに現れたバンドaはあらかじめ用意した直鎖状のプラスミドDNA(pUC19)です。大きさが2686 bpなので、分子量マーカーと比較しても期待した位置にバンドがあります。

さらに直鎖プラスミドDNAのバンドaと環状プラスミドDNAのバンドbを比較してみましょう。

環状プラスミドDNA(バンドb)の大きさを分子量マーカーと比較して推定すると約2000 bpと実際よりも小さくなっています。というのもプラスミドDNAは普段スーパーコイルといって輪ゴムをよじらせたような状態になっているため、同じ大きさの直鎖DNAと比べてアガロースゲルの網目を通り抜けやすくなっているのです。したがって、このように見かけの塩基数が小さくなってしまします。

プラスミドDNA溶液の濃度測定

核酸の塩基の部分が260 nmをピークとする吸収波長を持つため、分光光度計により溶液内のDNA濃度を測定することができます。一般にDNAの吸光度1あたり50 μg/ml、RNAの吸光度1あたり40 μg/mlとされています。したがって、

DNA濃度(μg/ml) = 吸光度 × 50(μg/ml)

RNA濃度(μg/ml) = 吸光度 × 40(μg/ml)

という計算式によって核酸濃度が得られます。