逆転写酵素を用いたcDNA(ライブラリー)の作成法とRT-PCRを解説

逆転写酵素と呼ばれるものを使って、RNAに相補的なDNAを合成することができます。このDNAをcDNA(complementary DNA, 相補的 DNA)といいます。

RNAは比較的不安定なため、これと相補的なcDNAを作成して解析することでどのような遺伝子が発現しているのかを調べることができます。

今回はそのcDNAの作成法とライブラリー化、cDNAを用いたRT-PCRについて解説していきます。

逆転写酵素

ウィルスのなかには、DNAではなくRNAをゲノムとしているRNAウイルスがいます。このRNAウイルスにはゲノムRNAから直接遺伝子が発現するパターンとRNAを鋳型にしてDNAを合成してから遺伝子が発現するパターンに分かれます。特に後者の場合のRNAウィルスをレトロウイルスと呼びます。

レトロウイルスの生活環

レトロウィルスはλファージやT4ファージのように単独では増殖できないため宿主の細胞内に侵入してその複製・発現機構を乗っ取ります。

まずレトロウィルスが感染する宿主の細胞膜に融合して自身のゲノムRNA逆転写酵素を細胞内に放出します。すると逆転写酵素の作用でゲノムRNAを鋳型鎖として相補的なDNA鎖が合成されます。

さらに合成された一本鎖DNAを鋳型鎖として相補的なDNA鎖が合成されて二本鎖DNAが出来上がり、ウイルスDNAが宿主の染色体DNAに取り込まれて潜伏期を迎えます。そして来たるべき時にウイルスを構成するRNAや膜タンパクの合成されて集合し、増殖したウイルスは細胞外に放出されます。

レトロウイルスの生活環

逆転写酵素の活性

前置きが長くなりましたが、レトロウィルス由来の逆転写酵素はRNAからDNAを合成する便利な酵素です。その活性を見てみましょう。

まず1つ目はRNA 依存性 DNA ポリメラーゼ活性です。RNAにプライマーをアニーリングした後で逆転写酵素を加えると、プライマーから相補的なDNA鎖を合成してくれます。この合成されたDNAのことをcDNA(complementary DNA, 相補的DNA)と呼びます。

RNA依存DNAポリメラーゼ活性

 

2つ目はNase H活性で、DNA合成後にRNA鎖のみを3’→5’方向に分解します。

3つ目はDNA 依存性 DNAポリメラーゼ活性で、DNA鎖を鋳型鎖に相補的なDNAするDNA ポリメラーゼと同じ機能ですが、活性は弱いです。

4つ目は逆転写によって得られたDNAを宿主のゲノムDNAに組み込む活性です。

遺伝子操作の用途としては、まずcDNAの合成にあります。また、RNAから逆転写によってcDNA試料を合成し、さらにそれをPCR増幅するRT-PCR(reverse transcriptase PCR)を行うことができます。

cDNAの作成

プライマーの準備

逆転写反応を開始するためにはRNAと逆転写酵素だけでは足りません。逆転写反応前のRNaseによるRNA分解を防ぐためのRNase阻害剤、DNA合成の開始起点となるプライマー、DNAの材料であるdNTPが必要です。

dNTPとは4種類のデオキシヌクレオシド三リン酸(dATP,dGTP,dCTP,dTTP)の総称のことで、リン酸が2つ取れてデオキシヌクレオシドがDNAの3’末端のOH基とホスホジエステル結合を形成してつながります。

プライマーはcDNAを作りたいRNAに相補的な配列を選びましょう。

例えばRNAを細胞から抽出してきてmRNAのみcDNAを作成するとします。この場合、mRNAの3’末端に修飾されているポリA尾部(poly A tail)と呼ばれる長さ200~300塩基のアデニン(A)のみが並んだ配列に相補的なプライマーを用意すれば、全てのmRNAのcDNAを作成することが期待できます。

すなわちチミン(T)のみが約20塩基並んだプライマーです。これをオリゴdT(Oligo dT)と呼びます。

一方、全てのRNAをcDNAにしたい場合はランダムな塩基配列のプライマーを用意してくれば、いずれかのプライマーがRNAにアニーリングするでしょう。cDNA化したいRNAの配列が分かっていれば、その配列に特異的なプライマーを用意すれば良いわけです。

逆転写反応と一本鎖cDNAの合成

さて、以上の材料を緩衝液に加えて混ぜたあとは40〜50℃の恒温槽に入れます。本来ならば逆転写酵素が失活しそうですが、高温耐性のものが開発されたため問題ありません。熱を加えると、塩基どうしが水素結合を形成することで生じる二次構造が解消され、一本鎖RNAの状態にすることができます。

プライマーのアニーリングや核酸の熱変性についてもう少し知りたい方は以下の記事を参考にしてみてください。

参考:ハイブリダイゼーション解析

しばらく恒温槽に入れておくと、逆転写酵素の5’→3’DNAポリメラーゼ活性にによりプライマーを5’→3’方向に伸ばすようにDNAを合成し、cDNAが出来上がります。

この時点ではまだcDNA/RNAのハイブリッド二本鎖の状態です。もし加えた逆転写酵素にRNase H活性があればRNAを分解してくれます。最後に90℃近い恒温槽に移して酵素を失活させます。これで一本鎖cDNAが出来上がります。

cDNAを二本鎖にする

さらに一本鎖DNAの相補鎖を合成して二本鎖DNAにしましょう。一本鎖cDNAの合成時に逆転写酵素がRNAを分解してくれていれば、そのままPCRに移ります。

もしcDNA/RNAハイブリッド鎖のままであれば新しい酵素を加えてRNAを分解しながらDNAの相補鎖を合成します。RNase H、大腸菌 DNA ポリメラーゼⅠ、DNAリガーゼ、T4ファージ由来のDNA ポリメラーゼを加えます。

するとRNase HがRNAの分解を開始し、残った部分がプライマーとみなされて逐次DNA ポリメラーゼⅠによるDNAの合成が開始されます。最終的にRNAは完全に分解されてニックの部分をDNAリガーゼがつないで相補鎖の合成が完了します。

最後に末端の部分を平滑化して揃えます。T4 DNA ポリメラーゼは5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を持っていないため、5’突出末端の凹んだ部分を埋めて平滑末端化することができます。3’突出末端であれば3’→5’エキソヌクレアーゼ活性により突出部分が削られて平滑末端化します。

クレノウ断片・T4DNAPolの利用

cDNAライブラリーの作成

mRNAをcDNAに変換してライブラリー化しましょう。 ゲノムライブラリーと違って、cDNAライブラリーはmRNAをコードしているため遺伝子を発現させることができます。cDNAライブラリーの作成法を解説します。用いる制限酵素認識配列やプラスミドベクターは一例です。

  1. まずは制限酵素(NotⅠ)認識配列を含んだオリゴヌクレオチドの5’末端にオリゴdTを付加したプライマーを用意します。これをリンカープライマーと呼びます。
  2. リンカープライマーをmRNAにアニーリングし、逆転写酵素とdNTPを加えてcDNAを合成する。ただし、cDNAを制限酵素の切断から保護するためにdCTPをメチル化してある。
  3. RNase HとDNAポリメラーゼⅠを加えてmRNAを部分的に分解しつつ、残った部分をプライマーとして相補的なDNA鎖を合成する。
  4. DNA リガーゼを加えてニックを埋め、T4 DNA ポリメラーゼを加えて二本鎖cDNAを平滑末端にする。
  5. EcoRⅠの切断により生じる突出末端配列を持った二本鎖DNA(アダプターという)を、二本鎖cDNAの両端にDNA リガーゼで連結する。
  6. 制限酵素NotⅠを加えて二本鎖cDNAを切断し、スピンカラムにより短鎖DNAを除外する。
  7. 一方で、pAP3neoプラスミドを用意してNotⅠで切断してホスファターゼにより5’末端を脱リン酸化し、続いてEcoRⅠで切断する。不要な短鎖DNAはスピンカラムで除去する。
  8. 6と7で得られたDNA試料をDNA リガーゼで連結する。
  9. 得られたベクタープラスミドを大腸菌のコンピテントセルに導入して形質転換し、アンピシリン含有寒天培地上で培養してライブラリー化する。
cDNAライブラリー作成法

RT-PCR(逆転写PCR)

mRNAにオリゴdTをプライマーとしてアニーリングして逆転写酵素をはたらかせることで一本鎖cDNAが作成できることを解説しました。当然ながらcDNAはDNAであるためPCRによって二本鎖cDNAを無限に増幅することができます。

この一連の流れをRT-PCR(reverse transcriptase PCR, 逆転写PCR)といいます。cDNAが作成できたら後の作業は通常のPCRと同じです。

参考文献

野島博(2013), 『遺伝子工学-基礎から応用まで-』, 東京化学同人, pp.141-142