タンパクの定量や反応の速度解析をするうえで分光光度計を用いることがあるでしょう。今回は分光光度計を使ってpH指示薬の電離度の濃度依存性について考えてみます。実際にフェノールレッドの場合を考えてみます。
フェノールレッドの平衡
pH 5.0 〜 pH 9.0のあいだの溶液中において、フェノールレッドは以下の電離平衡状態にあります。
この化学平衡は模式的に
で表すことができますね。[HA]と[A–]は異なる化学種なわけですから、光を当てたときに吸収する波長が変化するはずです。したがって、ある範囲の波長における吸光度を各pHごとに測定すれば吸光度の知識なしにHAの解離度を求めることができるのです。具体的な計算法については後述します。
実験方法
- 分光光度計を起動してスペクトラムを選択する。スペクトラムとは、入力した波長の範囲内における吸光度を全て測ってグラフ表示してくれる機能です。フェノールレッドの場合、350 nm 〜 650 nmで十分です。
- pHの異なる緩衝液を用意して、フェノールレッドを加えます。
- 2で調製した溶液を順次吸光度測定してデータを取りましょう。
- 分光光度計があらかじめグラフの極大だと認識した点の波長と吸光度をまとめてくれているので、Data処理などから取得しましょう。ただし、グラフを見て明らかに極大ではないだろうという点も極大として認識している場合もあるので確認が必要です。
今回はpH 5,6,7,8,9の時のフェノールレッド指示薬の吸光度を350 nm 〜 650 nmで測定してみました。スペクトラム図はこんな感じになります。
430 nmと560 nmあたりにピークがあるのがわかると思います。Data処理から極大値における波長と吸光度を呼び出します。以下の値が得られました。
グラフに見られる2つのピークに該当するものだけ太字にしています。このように、グラフの見た目からしてピークではないものもピークとして見なされていることがあります。
太字の部分だけ抽出します。
pH 5の場合、ピークが1つしかないため溶液中には[HA]か[A–]のどちらか一方しか存在していません。酸性条件では平衡が[HA]側に寄っているので、pH 5では[HA]のみが存在することになります。また、pH 9でも同様にして考えれば[A–]だけが存在していることになります。これで、[HA]か[A–]の吸収波長がそれぞれ約430 nm、約560 nmであるということがわかりました。
濃度比[A–]/[HA]の求め方
いよいよ解離度を求めていきます。光路長をd、フェノールレッドの全濃度を[A]T、HAのモル吸光係数(432 nm)をεHA、A–のモル吸光係数(558 nm)をεA–とおけば、pH 5および9において以下の式(ランバート・ベールの法則より)が立てられます。
ほとんどの場合、光路長dは1 cmなので
この2式を使って各pHにおける濃度比\({[A^-]}/{[HA]}\)を求めましょう。
例えばpH 6の条件における濃度比は、
分母分子に\(ε_{\;A^-}\)をかけて、
2つ目の表より\(ε_{\;A^-}×[A^-]=0.006\)が得られ、さらに(2)式も代入すると、
さらに別の式変形によっても濃度比を求めることができます。上と比較しながら追っていってください。
数値代入には(1)式と、2つ目の表により得られる\(ε_{\;HA}×[HA]=0.303\)を利用しました。1つ目の求め方を解法1、2つ目の求め方を解法2としましょう。
このようにして残りのpH 7とpH 8についても濃度比を求めました。
平衡定数を求める
さらに表の濃度比に[H+]をかけて平衡定数を出してみます。例えばpH 5の時は濃度比に1.0×10-5をかければ良いです。
数字は少々違いますが、桁数が同じなのであながち間違ってもいないでしょう。
フェノールレッド全量に対するHAおよびA–の存在比
最後に、フェノールレッド全量に対するHAとA–の存在比を求めて終わりにしましょう。存在比も2通りの求め方があります。
求め方1
求め方2
以上の式に(1)式や(2)式、2つ目の表の値をバシバシ代入してグラフ化すると以下のように得られます。
存在比が等しいときのpHが酸解離定数pKaに等しいので、pKaが約8であることがわかります。