遠心分離は、細胞液から取り出したいタンパクやDNA断片、プラスミドDNAなどを分画する方法として不可欠な実験法です。今回は遠心分離の理論と具体的な実験法について触れていきます。
理論
目的物を細胞から取り出してくるためにはまず細胞膜を破壊する必要があります。その方法としては超音波を当てたりブレンダーでする潰すなどがありますが、通常は細胞の生理的浸透圧よりも低い溶液を加えることで破裂させます。
こうしてできた細胞の小器官を含む溶液をホモジェネートあるいは抽出液と呼びます。この抽出液からの目的物の分離は超遠心機の登場によって可能になりました。抽出液を高速回転させることで溶液中の各成分を大きさと密度により遠心分離します。
遠心中の粒子についての運動方程式
様々な粒子の入った混合試料溶液を遠心分離にかけているときの模式図は以下のようになります。これによって取り出したい目的物質がチューブ内に沈殿したり、特定のゾーンに凝縮されます。
遠心分離中の粒子は遠心力を受けます。このとき力の向きは回転軸から外向きです。混合試料溶液は全体として遠心力を受けているため、横向きに重力が働いているとみなすことができます。したがって溶液中の粒子は横向きにも浮力を受けることになります。
当然、地球の重力によって縦方向にも浮力が働きますが、注目しているのは横方向なので関係ありません。遠心が始まると溶媒中の粒子は浮力を受けながら遠心力によって動き始めますが、電気泳動のように溶媒分子による摩擦抵抗が生じます。
これらを考慮して運動方程式を立てると、
mは粒子の質量、aは粒子の加速度、rは粒子の回転軸からの距離、ωは回転の角速度、ρは溶媒の密度、Vは粒子の体積、fは摩擦係数、vは粒子の速度です。また、(遠心力)-(浮力)のことを沈降力と呼んだりします。
浮力はアルキメデスの原理よりρVgで暗記している人もいるかもしれませんが、ここでのgは地球の重力ではなくていわゆる遠心加速度rω2になりますのでρVrω2です。
さて、粒子の加速が続くと速度が大きくなるとともに摩擦も大きくなっていずれ沈降力とつり合い、加速度がゼロになって速度が一定になります。
偏比容
粒子の質量は粒子のモル質量をアボガドロ定数で割れば出ます。
Mは粒子のモル質量(1 molあたりの質量g)、NAはアボガドロ定数(1 molあたりの粒子の個数)です。この粒子1個を溶媒に溶かしたときの体積は以下のように表すことができます。
\(\overline{V}\;\)は偏比容といって、1 gの乾燥した粒子を体積が無限の溶媒に溶かした時にどれだけの体積になるかというものです。密度の逆数ですね。
沈降係数sの定義
(1)式に(2)(3)式を代入してmとVを消去した式を出してみましょう。
v=の式に変形すると、
ここで、沈降係数sを定義します。
沈降係数の意味は以下のように式変形することもできます。
なぜなら、
となるからです。偏比容が小さくモル質量が大きければ沈降係数が大きくなり、速く沈降することがわかります。このとき\(ln\)は自然対数のことです。
通常は10-13sを1[S(スベドべリ)]として表記します。
遠心中の粒子における摩擦係数f
また、溶媒和していない(溶媒が粒子に対して配向していない、囲んでいない)場合の摩擦係数fはストークスの式で与えられます。
ηは溶液の粘度、rpは粒子の半径です。
もし溶媒和するのであれば摩擦係数はこれより大きくなってしまいます。体積が同じであれば面積が最も小さい粒子が溶媒からの抵抗を受けづらくなるので、球のとき摩擦係数が最も小さいです。
この摩擦係数fを沈降係数sに代入すれば、
を得ることができます。
実験法
実際の遠心について考えてみましょう。細菌の培養液を遠心にかけて沈殿させたいのであれば、分離操作ではないのでそのまま遠心してしまえば良いです。しかし、細胞の抽出液やタンパクの混合溶液などであれば精度の高い分離が要求されます。
その場合、細胞の中身に影響のない適当な塩溶液の上に抽出液を静かに重層して遠心するのが良いでしょう。ただし、このままでは対流が起こるためうまく分離することができません。工夫が必要です。
速度沈降遠心分離
試験管に上から下にかけて例えば5→20 %の比較的ゆるい密度勾配となるようにショ糖溶液を加えて、その上に混合試料溶液を静かに重層します。
沈降係数sの定義(4)式を見ると、分子が比較的大きい場合は密度よりも質量に左右されやすいです。したがって遠心することにより形の似た分子であれば質量によって分離することができます。
この手法は速度沈降法と呼ばれています。
平衡沈降遠心分離
細胞成分を形や大きさではなく浮遊密度によって分離する手法が平衡沈降遠心分離です。速度沈降と同じく溶液の密度に勾配を持たせますが、例えば20→70 %のように急な密度勾配を用意するのが特徴です。
あらかじめ密度勾配は作らずに塩化セシウム溶液内で混合試料を懸濁させて遠心し、遠心加速度に応じて自動的に密度勾配を形成させて分離する手法もあります。
抽出液を平衡沈降法によって遠心すると各成分は自分の密度と溶液密度が等しいところにバンドを形成して分離します。ただし、タンパクは密度がだいたい同じで高濃度溶液にさらされることで変性や塩析による沈殿を引き起こすこともあるので、タンパクの分離にはあまり利用されません。
お互いに密度が違うような混合物に対して有効です。