今回は核磁気共鳴分光法(NMR)のベースとなる核磁気モーメントと外部磁場によるエネルギー遷移、そのために必要な共鳴周波数について解説していきます。
電子のスピン
前回の記事では、電子がスピン1/2でスピン量子数±1/2のスピン角運動量をもっていることを紹介しました。このときに対応するスピン固有関数\(\alpha (\sigma)\)と\(\beta (\sigma)\)を形式的に設けることで、
$$ \hat{S^2} \alpha = \frac{1}{2} (\frac{1}{2} + 1) \hbar^2 \alpha \hat{S^2} \beta = \frac{1}{2} (\frac{1}{2} + 1) \hbar^2 \beta \tag{1}$$
$$ \hat{S_z} \alpha = \frac{1}{2} \hbar \alpha \hat{S_z} \beta = – \frac{1}{2} \hbar \beta \tag{2}$$
を定義することができました。
原子核にもスピンがあることが分かっていて、その値は原子の種類によりけりで同位体どうしでも異なる値をとります。例えば有機化合物によくある\(^{12}C\)はスピンが0ですが同位体の\(^{13}C\)は1/2、\(^{1}H\)が1/2、\(^{14}N\)は1です。今回は\(^{1}H\)のスピンに注目して解説したいと思います。
水素原子核のスピン
\(^{1}H\)の各スピン固有方程式はスピンの値が電子と同じであるため(1)(2)と同じように立てることができます。したがって、
$$\hat{I^2} \alpha = \frac{1}{2} (\frac{1}{2} + 1) \hbar^2 \alpha \hat{I^2} \beta = \frac{1}{2} (\frac{1}{2} + 1) \hbar^2 \beta \tag{3}$$
$$ \hat{I_z} \alpha = \frac{1}{2} \hbar \alpha \hat{I_z} \beta = – \frac{1}{2} \hbar \beta \tag{4}$$
このとき、スピン固有関数\(\alpha\)と\(\beta\)も電子スピンと同様に規格直交化されています。
原子核の磁気モーメント
電荷をもった粒子が閉回路に沿って回転運動すると磁気モーメント\(\mu\)が発生します。荷電粒子の回転運動により発生する電流の大きさを\(i\)、回転半径を\(r\)、電流に対して右ねじの向であるような単位ベクトルを\(\vec{n}\)とおけば、
$$\vec{\mu}=i\pi r^2\vec{n} \tag{5}$$
で表されます。これを式変形していくと、
$$\vec{\mu}=\frac{q}{2m}\vec{L} \tag{6}$$
が得られます。このとき、\(q\)は電荷、\(m\)は粒子の質量、\(L\)は角運動量で、
$$\vec{L} = \vec{r} \times \vec{p} = \vec{r} \times (m \vec{v}) \tag{7}$$
で定義されます。ここで、\(p=mv\)は運動量、\(v\)は荷電粒子の速さです。磁気モーメント\(\mu\)の式変形の過程は別の記事で解説していますので参考にしてください。
(参考:外部磁場におかれた水素原子のゼーマン効果)
回転ループする荷電粒子の磁気モーメント\(\mu\)を紹介したところで話を原子核にもしましょう。原子核は中性子と陽子により構成されているため電荷はゼロではありませんが、実際には閉回路に沿って回転運動するわけではありません。
ただし、磁気モーメント\(\mu\)の式で角運動量\(L\)をスピン角運動量\(I\)に置き換えてしまえば、原子核のスピンによる磁気モーメントを表現することができるのではないでしょうか。すなわち(6)式にならって、
$$\vec{\mu} = g_N \frac{q}{2m_N}\vec{I} = g_N \beta_N \vec{I} = \gamma \vec{I} \tag{8}$$
このとき、\(g_N\)は核の\(g\)因子、\(\beta_N\)は核磁子、\(m_N\)は核の質量、\(\gamma=g_N\beta_N\)は磁気回転比です。したがって、電子の磁気モーメントとは一致していないことに注意してください。以降は核磁気モーメントと表記することで他の場合の磁気モーメントと区別します。
核の\(g\)因子は無単位の比例定数で値は原子核により異なります。核磁気共鳴分光法(NMR)ではこの値が大きいほど検知しやすいです。
外部磁場におかれた原子核のエネルギー変化
原子核は外部磁場におかれると外部磁場の向きにそろえようとしてポテンシャルエネルギー\(V\)が生じますが、その値は、
$$V = – \vec{\mu} \cdot \vec{B} \tag{9}$$
であることが分かっています。このとき\(B\)は外部磁場の強さで単位はテスラ(T)です。
ここで外部磁場の向きが\(z\)軸方向であるとしましょう。するとポテンシャルエネルギー\(V\)は(9)式より、
$$V = – \vec{\mu} \cdot \vec{B}= – \left( \begin{array}{c} \mu_x \\ \mu_y \\ \mu_z \end{array} \right) \cdot \left( \begin{array}{c} 0 \\ 0 \\ B_z \end{array} \right) = – \mu_z B_z \tag{10}$$
(8)式の\(z\)成分を代入して、
$$V = – \mu_z B_z = – (\gamma I_z) B_z = – \gamma B_z I_z \tag{11}$$
が得られます。(4)式より\(I_z = \pm 1/2 \hbar\)であることと、核と外部磁場の相互作用により発生するエネルギー\(E\)はポテンシャルエネルギー\(V\)に等しいので、
$$E = V = – \gamma B_z m_I \hbar \tag{12}$$
になります。このとき、\(m_I = I,I-1,I-2,…,-I\)です。というのも軌道角運動量は、
$$L_z = m \hbar m=0,\pm 1, \pm 2,…,\pm l \tag{13}$$
で表されます。ここで\(m\)は磁気量子数で\(l\)は角運動量量子数です。(4)式より核のスピン角運動量の\(z\)成分は、
$$I_z = \pm 1/2 \hbar \tag{14}$$
であり(13)式と対応づけることができます。したがって(12)式で\(m \to m_I\)、\(l \to I\)としました。
水素原子核の共鳴周波数
\(^{1}H\)原子核のとき\(m_I\)=±1/2ですから2つの状態のエネルギー差を求めましょう。(12)に\(m_I\)±1/2を代入して引き算をすれば、
$$\begin{align} \Delta E &= E_{(m_I=-1/2)} – E_{(m_I=1/2)} \\ &= [- \gamma B_z (-1/2) \hbar] – [- \gamma B_z (1/2) \hbar] \\ &= \gamma \hbar B_z \end{align} \tag{15}$$
が得られます。すなわち、\(m_I\)=1/2のエネルギー状態にある\(^{1}H\)に対して\(\gamma \hbar B_z\)に相当する電磁波を照射すると、原子核の\(m_I\)=-1/2のより高いエネルギー状態に遷移することが分かるわけです。このときエネルギーの低いスピンを上矢印で表し、エネルギーの高いスピンを下矢印で表記します。

異なるスピンのあいだのエネルギー差が\(\Delta E = h\mu\)で表されることを利用して、
$$\Delta E = \hbar \gamma B_z = h \mu \tag{16}$$
\(\hbar = h/2\pi\)を使って式変形すれば振動数(周波数)\(\mu\)は、
$$\mu = \frac{\gamma B_z}{2\pi} \tag{17}$$
となって、角振動数(角周波数)\(\omega\)に直せば、
$$\omega = 2\pi \mu = \gamma B_z \tag{18}$$
になります。逆に外部磁場\(B_z\)に対して上式の周波数を満たす電磁波を与えれば、低エネルギー状態にある\(^{1}H\)原子核がこうエネルギー状態に遷移するのです。このようにスピン状態が遷移する電磁波の周波数のことを共鳴周波数と呼びます。
実際に\(^{1}\)H・NMRの装置では共鳴周波数に相当するラジオ波を照射し、目的試料中の\(^{1}H\)原子核が低いエネルギー状態に戻る際に放出するエネルギー量を測定しています。