求核置換反応の1つであるSN2の反応機構や遷移状態、速度論的な話について今回は解説していきます。
SN2反応とは|クロロメタンと水酸化ナトリウムの反応を例に
クロロメタンと水酸化ナトリウムを水中で加熱すると、メタノールと塩化ナトリウムが生成します。
この反応の速度式はどのように表されるでしょうか。それは実験的に求めることができて、クロロメタンの濃度を2倍にすると反応速度は2倍になります。また、水酸化ナトリウムの濃度を2倍にしても反応速度が2倍になることがわかっています。
したがって、クロロメタンと水酸化ナトリウムの反応は二次反応であり、
反応速度=\(k\)[CH3Cl][HO–]
の式が立ちます。このとき\(k\)は反応の速度定数で、NaOHが[HO–]の形で式に現れているのは実際の反応がNaOHではなく電離した水酸化物イオンHO–によるものだからです。
続いて反応機構についても見てみます。クロロメタンと水酸化ナトリウムの反応機構を下の図に示します。求核剤を赤色で、求核攻撃を受ける炭素を青、脱離基を緑で色分けしました。さらに、酸素原子と塩素原子には非共有電子対も表記しました。
水酸化ナトリウムが水中して電離して生じた水酸化物イオンが求核剤となって基質であるクロロメタンを攻撃し、塩化物イオンを脱離させます。
詳しく見ていくと、まず水酸化物イオンがクロロメタンに対して、脱離基とは反対の方向から炭素原子に対して攻撃してC-O結合を形成します。一方で、C-Cl結合の共有電子対が押し出されて塩素原子に移ります。最終的には塩素原子が塩化物イオンとして脱離してメタノールが残ります。
このように、1段階で反応物が相互作用する置換反応のことを二分子求核置換(bimolecular nucleophilic substitution)反応と呼びます。略してSN2反応です。
背面攻撃は許されるが前面攻撃は許されない
先ほど紹介した反応機構の例では、水酸化物イオンOH–が基質炭素に対して脱離基Clとは反対の背面から求核攻撃すると解説しました。それでは脱離基Clと同じ側の前面から求核攻撃をするケースはあるのでしょうか。前面攻撃の場合の反応機構を以下に示しますが、この反応は起こらないことが確かめられています。
前面攻撃が起こらないことを確かめる実験方法としては、立体異性体をもつキラルな分子を基質として使用することです。
例えば(S)-2-ブロモブタンとヨウ化物イオンを反応させてみます。もし反応が背面攻撃により進行するのであれば(R)-2-ヨードブタンが、前面攻撃により進行すれば(S)-2-ヨードブタンが生成します。
実験結果として(R)-2-ヨードブタンのみ生成して背面攻撃しか起こり得ないことが分かっています。