電子のスピン角運動量とスピン固有関数
量子力学の概念が確立してシュレディンガー方程式を解いてもなお、解決することのできない問題がありました。例えば、シュレディンガー方程式を解くことによって、ナトリウムの線スペクトル、すなわち放出される電磁波は590 nm付近1つあると予想されました。しかし実際には589.59 nmと588.99 nmの2つが観測されたのです。この二重線はD線と呼ばれています。
このナトリウムの二重線に関する問題は、1925年に二人の物理学者、ウーレンベックとゴーズミットの提案により解決されました。従来の量子力学では、電子について3つの量子数が与えられていました。主量子数\(n\)、磁気量子数(方位量子数)\(l\)、そして角運動量子数\(m\)です。彼らの提案というのは、これら3つの量子数に加えて4つ目の量子数を導入することでした。それがスピン量子数です。
彼らは、電子が大きさ\(\pm \hbar/2\)で向きが\(z\)成分の角運動量をもっていると考えました。直感的にいえば、電子が自転しているということです。そもそも電子は核の周りを回転運動していますから、これも直感的にいえば電子が公転していることになります。
すなわち、電子は核の周りを自転しながら公転していると考えたのです。ただし、この自転や公転という言葉は比喩として用いていることに注意してください。
スピン量子数\(m_{\,s}\)は原子単位で半整数±1/2の値を持ちます。
ところで、角運動量の2乗に対応する演算子\(\hat{L^2}\)と角運動量の\(z\)成分に対応する演算子\(\hat {L_z}\)の固有方程式は既に分かっていて、
で与えられます。このとき、\(l=0,1,2,…\)で、\(m=0,\pm 1, \pm 2,…,\pm l\)です。スピン角運動量も角運動量な訳ですから、方程式(1)や(2)のような固有方程式が立てられるのではないでしょうか。そこで、スピン角運動量に関する演算子\(\hat{S^2}\)と\(\hat{S_z}\)について、
を定義します。このとき、\(\alpha\)と\(\beta\)は固有方程式のスピン固有関数と呼ばれるものです。
これらの定義によって、電子のスピン角運動量の2乗\(S^2\)が、
で表されることになります。これは電子のオービタル角運動量の2乗\(L^2\)の式と一致していますが、変数\(s\)が1/2しか値をとらないことが特徴です。この場合、慣例として”スピンが1/2である“と表現するので覚えておきましょう。
スピンがいくつであるか知りたい場合は、この変数\(s\)の値を見れば良いです。また、スピン角運動量のことを単に”スピン“と呼ぶこともあるので注意が必要です。
さらに、電子のスピン角運動量の\(z\)成分についても、
の2つの値を取りうることも分かります。
ところで、\(\hat{S^2}\)と\(\hat{S_z}\)はエルミート演算子であるためスピン関数\(\alpha\)と\(\beta\)が規格直交化されていないといけないので、
の条件が立ちます。このとき、各固有関数の変数を\(\sigma\)としましたが、これをスピン変数といいます。電子スピンに関する固有方程式や規格直交化についての式を導出するでもなく形式的に定義しただけですが、この話が反対称性軌道などに繋がっていきます。
今回解説したのは電子のスピンについてでしたが、原子核にも固有のスピン運動量があることが分かっています。この現象は核磁気共鳴分光法(NMR)や磁気共鳴画像法(MRI)にも応用されています。