酵素や酵素-基質複合体に結合することで酵素の活性を下げる物質を阻害剤と呼びます。
阻害剤を利用した酵素の研究では、触媒機構の解明であったり阻害剤を利用した薬剤のデザインを試みることができます。
例えば抗がん剤の1つにメトトレキサートがあります。がん細胞は細胞分裂を活発に繰り返してDNAを新規合成するので多くのヌクレオチドが必要です。
ジヒドロ葉酸はジヒドロ葉酸レダクターゼによる触媒活性によってテトラヒドロ葉酸になります。
このテトラヒドロ葉酸は補因子として核酸の合成に寄与するためジヒドロ葉酸レダクターゼの機能を適度に阻害してあげればがん細胞を殺すことができます。
これがメトトレキサートです。このように阻害剤は重要な研究テーマです。今回は競合阻害の反応速度論を見ていきます。
競合阻害のミカエリス・メンテン式
酵素の基質結合部位に対して基質と競合して結合しようとする阻害剤のことを競合阻害剤と呼びます。
酵素反応系に競合阻害剤を加えた場合の化学反応は模式的に以下のように表すことができます。
ここで新しく登場したKIは平衡定数です。Iは競合阻害剤、EIは酵素-阻害剤複合体です。
反応開始後、競合阻害剤はすぐに酵素と結合して平衡状態になることを仮定します。
また、酵素の全濃度を\([E]_t\)とおけば、
反応速度\(v_0\)は、
なので(1)式を[ES]=の形に式変形して代入すれば、
(3)式の右辺の変数のうち\([E]_t\)のみ測定できる値であるので、[E]と[EI]を消去して[S]または[I]のみで表すことを試みます。
定常状態を仮定するためESの正味の生成速度は0になるから、(参考:ミカエリス・メンテンの式を導出)
これを[E]について解いて、
(0)式を[EI]について解いて(5)式を代入し、[E]を消去します。
(5)式と(6)式を(3)式に代入すると反応速度に[ES]が残ってしまうので、いったん(1)式に代入します。
( )の中身を\(\frac{1}{[S]}\)でくくって、( )の中身の前2項を\(K_M\)でくくると、
これを[ES]=の形にして(2)式に代入します。
ここで、
と定義して、反応最大速度\(V_{max}=k_2[E]_t\)とともに(7)式に代入すると、
従来のミカエリス・メンテン式と比較してみましょう。
$$v_0=\frac{V_{max}[S]}{K_M+[S]}\tag{ミカエリス・メンテン式}$$
競合阻害のある酵素反応の場合、反応速度の分母にαが現れることがわかります。阻害剤を加えた場合、反応速度は下がるのでα > 1ということになります。
阻害剤なしの酵素反応と同様に基質濃度に対して反応速度をプロットして近似曲線を描いても\(V_max\)と\(K_M\)を正確に求めることはできないですし、肝心なαの値も求まらないので反応速度式の逆数を取ってラインウィーバ・ーバークプロットを作ります。
競合阻害における反応速度 基質濃度と反応初速度の関係性の概要を示した、いずれも基質濃度を限りなく大きくすれば反応最大速度には近づく。
ラインウィーバー・バークプロット 競合阻害剤を加えた場合のラインウィーバー・バークプロット。阻害剤濃度が高くなると、グラフの傾きが上昇し、x切片も大きくなって0に近づく。競合阻害であれば、阻害剤濃度を変えてプロットした際にy切片が同じ値\(\frac{1}{V_{max}}\)をとる。