振動する二原子分子は調和振動子モデルによって近似できますが、回転する二原子分子は剛体回転子と呼ばれるモデルによって近似することができます。今回は、この剛体回転子モデルについて、慣性モーメントを定義しがらエネルギー準位を求めます。
剛体回転子と運動エネルギー
いま、質量がそれぞれ\(m_1\)と\(m_{\;2}\)の2つの質点が重心座標(質量中心)を原点として回転運動しています。このとき、質量\(m_1\)の質点は原点から\(r_1\)離れていて、\(m_2\)の方は\(r_2\)離れているものとし、質点間距離\(r\)は固定されています。すなわち、
$$r=r_1+r_2 \tag{1}$$
このようなモデルを剛体回転子と呼びます。剛体とは、外力を加えても変形しない物体のことをいいます。
また、角速度\(\omega[rad/s])\)と速度\(v[m/s]\)の関係、
$$v=r\omega \tag{2}$$
に注意すると、剛体回転子の運動エネルギー\(K\)は各質点の運動エネルギーの和に等しいので、
$$\begin{align} K&=\frac{1}{2}m_1v_1^2+\frac{1}{2}m_2v_2^2 \\ &=\frac{1}{2}(m_1r_1^2+m_2r_2^2)\omega^2 \tag{3} \end{align}$$
慣性モーメント
ここでは、慣性モーメント\(I\)について解説します。
質量\(m\)の質点が角速度\(\omega\)で半径\(r\)の回転運動をしています。
このとき、回転する質点の運動エネルギー\(K\)は、
$$\begin{align} K&=\frac{1}{2}mv^2 \\ &=\frac{1}{2}m(r\omega)^2 \\ &=\frac{1}{2}mr^2\omega^2 \tag{4} \end{align}$$
になるわけですが、ここで慣性モーメント\(I\)を定義します。
$$I=mr^2 \tag{5}$$
これを(4)式に代入して、
$$K=\frac{1}{2}I\omega^2 \tag{6}$$
となるのですが、(4)式の1行目と見比べてみてください。速度\(v\)の代わりに角速度\(\omega\)を用いて運動エネルギーを表した式が(6)式であると解釈することができます。
$$\frac{1}{2}mv^2 と \frac{1}{2}I\omega^2$$
$$m と I$$
$$v と \omega$$
このとき、慣性モーメント\(I\)が質量\(m\)に対応することになります。
以上の対応関係を利用すれば、運動量\(p\)に対応する式も\(I\)と\(\omega\)を用いて表すことができます。運動量\(p=mv\)ですから、それぞれ\(I\)と\(\omega\)で置き換えてLとおくと、
$$L=I\omega=mr^2\cdot \frac{v}{r}=mvr \tag{7}$$
\(L(=I\omega=mvr)\)を角運動量といいます。
運動エネルギー\(K\)を運動量(または角運動量\(L\))を用いて表してみます。
ふつう、
$$K=\frac{1}{2}mv^2=\frac{(mv)^2}{2m}=\frac{p^2}{2m} \tag{8}$$
ですが、\(I\)と\(\omega\)を用いた回転系では、
$$K=\frac{1}{2}I\omega^2=\frac{(I\omega)^2}{2I}=\frac{L^2}{2I} \tag{9}$$
となります。
剛体回転子のハミルトン演算子
はなしを剛体回転子の運動エネルギーに戻して(3)式を再び示します。
$$K=\frac{1}{2}(m_1r_1^2+m_2r_2^2)\omega^2 \tag{3}$$
前項で、回転系の運動エネルギーが\(\frac{1}{2}I\omega^2\)で表されることを確認しました。そこで、あらためて慣性モーメント\(I\)を
$$I=m_1r_1^2+m_2r_2^2 \tag{10}$$
とおき直すと剛体回転子の運動エネルギー式(3)は、
$$K=\frac{1}{2}I\omega^2 \tag{11}$$
になります。ここで、(10)式のおき方についてもう少し解説します。(11)式の分母・分子に\((m_1+m_2)\)をかけて式変形していきます。
$$\begin{align} I&=m_1r_1^2+m_2r_2^2 \\ &=(m_1r_1^2+m_2r_2^2)\frac{m_1+m_2}{m_1+m_2} \\ &= \frac{m_1^2r_1^2+m_2^2r_2^2+m_1m_2r_1^2+m_1m_2r_2^2}{m_1+m_2} \tag{12} \end{align}$$
ここで、剛体回転子モデルの中心は2つの質点の重心(質量中心)であるため、
$$m_1r_1=m_2r_2 \tag{13}$$
が成り立ちます。すると、(12)式の分子の第1項と第2項はそれぞれ、
$$m_1^2r_1^2=m_1r_1\cdot m_1r_1=m_1r_1\cdot m_2r_2 \tag{14}$$
$$m_2^2r_2^2=m_2r_2\cdot m_2r_2=m_1r_1\cdot m_2r_2 \tag{15}$$
となるため、これらを(12)式に代入して分子を整理すると、
$$\begin{align} I&= \frac{m_1m_2r_1r_2+m_1m_2r_1r_2+m_1m_2r_1^2+m_1m_2r_2^2}{m_1+m_2} \\ &=\frac{2m_1m_2r_1r_2+m_1m_2r_1^2+m_1m_2r_2^2}{m_1+m_2} \\ &=\frac{m_1m_2(r_1^2+2r_1r_2+r_2^2)}{m_1+m_2} \\ &=\frac{m_1m_2(r_1+r_2)^2}{m_1+m_2} \tag{16} \end{align}$$
(1)式の\(r=r_1+r_2\)を代入して、
$$I=\frac{m_1m_2}{m_1+m_2}r^2 \tag{17}$$
ここで、換算質量\(\mu\)は、
$$\frac{1}{\mu}=\frac{1}{m_1}+\frac{2}{m_2}=\frac{m_1+m_2}{m_1m_2} \tag{18}$$
で与えられるため、これを(17)式に代入すれば、
$$I=\mu r^2 \tag{19}$$
これを慣性モーメント\(I\)の定義式(5)と比較してみます。
$$mr^2 と \mu r^2$$
したがって、剛体回転子モデルは質量\(\mu\)の質点が半径\(r(=r_1+r_2)\)の回転運動しているものだと解釈できます。
このようにして、剛体回転子モデルの二体問題は換算質量\(\mu\)と2つの質点間の距離\(r\)を考えれば一体問題として扱うことができるのです。
剛体回転子のエネルギー準位
ここでは、剛体回転子のハミルトン演算子\(\hat{\;H}\)を求めてみます。
シュレディンガー方程式は、
$$\hat{\;H}\psi(x)=E\psi(x)\tag{20}$$
で表されます。ここで、\(\psi(x)\)は波動関数、\(E\)は粒子の全エネルギーです。1次元の場合のハミルトン演算子は通常、
$$\hat{\;H}=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+V(x) \tag{21}$$
なのですが、今回は重力や復元力などの保存力は仮定していないためポテンシャルエネルギー\(V(x)=0\)になります。このとき、\(\hbar=h/(2\pi)\)です。
$$\hat{\;H}=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}\;(=\hat{\;K}) \tag{22}$$
これは、ラプラス演算子が運動エネルギーを求める演算子\(\hat{\;K}\)に等しいことを示しています。前項で解説したように、剛体回転子モデルは質量が換算質量\(\mu\)の一体問題に変換できるので、(22)式の\(m\)を\(\mu\)に書き換えて3次元の場合で表せば、
$$\begin{align} \hat{\;K}&=-\frac{\hbar^2}{2\mu}(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}) \\ &=-\frac{\hbar^2}{2\mu}\nabla^2 \end{align} \tag{23}$$
これが剛体回転子のハミルトン演算子になります。このとき、\(\nabla^2\)はラプラス演算子と呼ばれるものです。回転運動を考える場合、\(\nabla^2\)を直交座標系の\((\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2})\)でなく極座標系で表した方が楽なのですが、ここでは結論だけ示すに留めます。
$$\nabla^2=\frac{1}{r^2}\frac{\partial}{\partial r}(r^2\frac{\partial}{\partial r})+\frac{1}{r^2\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{r^2\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2}) \tag{24}$$
今回は、質点間の距離\(r\)が変化しないものと近似しているため、\(r\)についての偏微分が含まれる右辺の第1項は消えて、
$$\nabla^2=\frac{1}{r^2\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{r^2\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2}) \tag{25}$$
これを(23)式に代入して、
$$\begin{align}\hat{\;K}&=-\frac{\hbar^2}{2\mu}[\frac{1}{r^2\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{r^2\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2})] \\ &=-\frac{\hbar^2}{2\mu r^2}[\frac{1}{\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2})] \end{align} \tag{26}$$
(19)式の\(I=\mu r^2\)を代入して、
$$\hat{\;K}=-\frac{\hbar^2}{2I}[\frac{1}{\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2})] \tag{27}$$
また、(9)式を\(L^2\)について解くと\(L^2=2IK\)ですから、\(L^2\)を求める演算子\(\hat{\;L^2}\)は、
$$\hat{\;L^2}=2I\hat{\;K} \tag{28}$$
これに(27)式を代入すると、
$$\hat{\;L^2}=-\hbar^2[\frac{1}{\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2})]\;(=\hat{\;H}) \tag{29}$$
が得られます。
\(r\)を一定とする近似から変数が\(\theta\)と\(\phi\)のみになるため、波動関数\(\psi(x)\)は\(\Psi(\theta ,\phi)\)とおき直せます。このことと、シュレディンガー方程式(20)に(27)式を代入すれば、
$$-\frac{\hbar^2}{2I}[\frac{1}{\sin \theta}\frac{\partial}{\partial \theta}(\sin \theta\frac{\partial}{\partial \theta})+\frac{1}{\sin^2\theta}(\frac{\partial^2}{\partial\phi^2})]\Psi(\theta ,\phi)=E\Psi(\theta ,\phi) \tag{30}$$
この偏微分方程式を解くことで、剛体回転子のエネルギー準位\(E\)が求められます。
結論だけを示すと、
$$E_J=\frac{\hbar^2}{2I}J(J+1) J=0,1,2… \tag{31}$$
したがって、剛体回転子のエネルギー準位が離散的な値、すなわちとびとびの値を取ることが分かります。